卒業生とその進路

定量的情動評価のための大規模言語モデルのプロンプト設計および対話データ解析法


山崎 比伊呂

2025 年度 卒 /修士(情報科学)

修士論文の概要

本研究は、近年急速に発展している生成AI技術に着目し、開発支援および情動評価への応用を念頭に、その出力制御手法と応用可能性を体系的に検討したものである。近年、ChatGPTに代表される生成AIは、人間の自然な対話を模倣し、文章生成、要約、質問応答といった多様な言語タスクを高精度に実行可能となっている。一方で、学習過程で獲得した知識を活用する際に、文脈の誤解や事実と異なる情報を生成する、いわゆるハルシネーションが発生するという課題が指摘されている。これらの誤出力は、生成AIを実応用へ展開する上で信頼性を低下させる要因となる。また、生成AIの出力に至る思考過程が不透明である点も、実用上の制約として挙げられる。

これらの課題に対し本研究では、モデル構造そのものを改変するのではなく、入力文の設計を通じて生成挙動を制御するプロンプトエンジニアリングに注目した。プロンプトエンジニアリングは、大規模言語モデルが有する潜在的な推論能力を引き出しつつ、出力内容を利用目的に即して誘導できる手法として注目されている。本研究では、このプロンプト設計を活用し、生成AIの挙動を体系的に制御することで、1. 開発プロセス支援を目的とした模擬対話データ生成手法の検討と、2. 定量的情動評価を目的とした対話データ解析手法の検討という二つの観点からアプローチを行った。

第一部では、プロンプト設計手法を用いた模擬対話データ生成の枠組みを構築した。代表的なプロンプト手法を整理し、それぞれの特性と適用範囲を明確化した上で、これらを用いて多様な模擬対話データを自動生成した。特に、日本標準産業分類を参照して業種および職種を体系的に整理し、各分野で想定される業務対話を段階的に生成する手法を提案した。プロンプトエンジニアリングを活用することで、生成AIが複数の思考経路を考慮しながら、より多面的かつ現実性の高い対話を出力できるよう設計した点に特徴がある。生成された模擬対話データは、対話システムや自然言語処理モデルの開発・評価に用いるダミーデータとして位置づけており、実在の個人情報を使用することなく、多様な状況を再現可能な安全かつ柔軟なデータ生成手法を実現した。これにより、個人情報保護の観点からも倫理的な開発・評価環境の構築を可能とした。

第二部では、生成AIを用いた対話データ解析手法を設計し、定量的情動評価に基づく心理的リスクの把握を目的とした検討を行った。近年、職場環境における心理的ストレスや対人関係上の摩擦は、個人の健康のみならず、組織全体の生産性や定着率にも影響を及ぼす重要な課題となっている。従来のストレスチェックやアンケート調査は自己申告に依存しており、主観的バイアスの影響や、心理状態の変化を継続的に捉えにくいという問題があった。本研究では、生成AIの自然言語理解能力を活用し、対話内容から心理的兆候を自動的に抽出・評価する手法を提案した。

提案手法では、音声情報とテキスト情報を統合的に扱うマルチモーダル解析を採用した。音声認識により取得した声の高さ、抑揚、リズム、間の取り方といった特徴量を、発話テキストに付加情報として統合し、生成AIによる段階的な推論を行う構成とした。これにより、発話内容に加え、非言語的表現の変化を含めた心理状態の推定を可能とした。解析設計においては、上司と部下の階層関係を想定し、否定的発話、共感的応答、批判的要求など、心理的意味を持つ複数の評価軸を設定した。生成AIは、これらの評価軸に基づいて対話全体を俯瞰的に解析し、潜在的なストレス傾向やリスク要因を可視化する。さらに、解析結果は定量的スコアおよび自然言語による説明文として出力され、利用者が結果を直感的に理解できる形式を採用した。

本研究を通して、プロンプトエンジニアリングを中心とした生成AIの制御手法を整理し、模擬対話データ生成と対話データ解析という二つの応用側面からその有効性を示した。生成AIを単なる文章生成モデルとしてではなく、推論過程を誘導・制御可能な処理基盤として扱うことで、出力の一貫性と説明可能性を向上させる枠組みを提示した点に意義がある。また、個人情報に依存しない模擬データ生成と、音声情報を含むマルチモーダル解析を統合した点は、実用性と倫理性の両立を図る試みである。

本研究の成果は、生成AIの信頼性向上と応答制御に関する指針を提供するものであり、今後、対話支援、教育、メンタルヘルスケア、カウンセリング支援など、人間理解を要する多様な応用分野への展開が期待される。生成AIが人間の感情や意図を適切に捉え、誤解や偏りの少ない情報提供を行うことで、社会的に信頼されるAIの実現に寄与することを最終的な目的とする。